こんにちは!

私が三葉虫クラブのおじさんです。

(モロッコにて。右側)

  

 

 

 

 

 

 

    

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  CH-16. 海外事件簿 

 
 
サラリーマン生活後半は、海外営業や、国際標準化機構など外国に出かける
仕事が多く、周りの仲間たちも、頻繁に海外出張した。日本とは異なる環境の
中で色々な事件がある。幸い私自身はこれといった被害を受けなかったが、
仲間たちはかなりの経験を積む機会があった。
そんなことを書いてみようと思う。何かの参考になるかもしれません。

 

 
1)さすがプロ
 

国際標準化会議が終わり、やれやれと背広を脱ぎ捨て、カジュアル着で、夕方、食事にでかけた。まだ明るかった。

フランクフルトの駅前の交差点で、3人が横に並んでわたろうとしていた時、左側にいる私のところへ、多分15,6歳くらいの男の子と女の子が後から近づいて、よれよれの新聞紙を差し出した。ジプシーか東欧系のようだった。相手にしなかったら、すっと真ん中を歩いているSさんに近づき、同じことをした。Sさんは怒って「うるさい。」とジャンパーに入れていた手を抜いて、新聞を払った。二人はそのまますっと離れて行った。

渡り切ったところで、「あっ、やられた。」とSさんが叫んだ。ポケットに入れていた財布がなくなっていたのだ。後ろを見たが既に二人の影も形も無い。そこら辺を探したがもちろんいない。今まで手で握っていたのに、振り払うために離した瞬間だ。

ほんの20mほどの道路を横断するだけの間の妙技だ。それも3人いる中で財布を持っていたのはSさんだけ、それを瞬間的に見抜いて、持ち去ったのだ。さすがにプロで人を見抜いていると感心する。

ともあれ、パスポートも免許証も、クレジットカードも入っているのだ。手早く処置をしなければならない。近くを警邏していた男女の警官に事情を説明したら、そこは管轄外で、管轄の警察に頼めとのこと。日本では考えられないことだ。

やっと管轄の警察を見つけたが、既に閉まっている。警察がまだ明るいうちに閉まるなんて考えられますか。それでもガンガン騒いでいたら、やっと当直の警官がでてきた。そんな事件は毎日200件もあるのだと、嫌がるのを何とか調書にしてもらった。これでは結果は期待できない。すぐホテルに帰り、カードなどの取り消しを行った。

と、親切な人がいるものだ。そこに電話がかかって来た。なんと2駅向こうで、あなたの財布を拾ったのだと言う。もし50ドル交通費をくれたら届けるとのこと。各種証明書を取ることを考えたら、50ドルは安いと、ホテルに届けてもらった。中身は現金とその夜のコンサートチケットだけがなくなっていた。

戻ってきて、やれやれ、よかった、よかった、と最初は喜んでいた・・・。が、冷静になって考えてみると・・・、

もしかしたら、電話してきたのも一味の一人で、現金を取った上に、交通費をゲットしようとしたのでは???何でホテルが分かったか???など疑問が続々とでてきた。

「泥棒に追い銭。」

後日T社の人にそのことを話したら、「それは追いかけなくて良かった。わが社の人は追いかけたら、そばに立っている奴にいきなり後ろから蹴られて、3ヶ月の重傷を負った。」とのこと。

日本とは全く違う、事件にあったら決して無理をしないことです。

 2) アタッシュケースー1

ラスベガスで国際会議なんて洒落ていますね。それも終わり、ちょっとスロットルマシンでアメリカに寄付をして、あくる日早く空港へ。

空港のロビーの前を、むかし一緒にCCDカメラを開発していたNさんが歩い手いるのを見つけた。

「やあ、珍しいところで会うね。」と声をかけたら、暗い声で「帰る日なんですが、帰れなくなりました。」「えっ、どうしたの。」

「そこでヒスパニック系の人に写真を撮ってくれと言われ、カメラを渡されて、写真を撮ったら、足元において置いていたアタッシュケースがなくなってしまいました。」

下を向いたらもう影も形も無かったとのこと。全てを入れてあったのでこれから大使館に行く、パスポートを発給してもらうために2日かかるとのこと。足早に去っていった。

この手の置き引きは、よくある話です。日本ではほとんど起きないので、日本人は全く無防備です。よくよく注意していても、一瞬の油断、日本人的親切心につけ込まれてしまいます。

「親切は人のためならず。」

実はこのとき、私も別の災難に会いました。予約のフライトは夕方だったのですが、早朝に同じ便があることが分かり、キャンセル待ちをしようと早く空港に行きました。席の獲得が順番に進み、これはうまく行った、と思ったらなんと、私の一人前で満席になってしまいました。あと一人ですよ、何で私の前なんだ。

それから12時間何も無い空港で、ただひたすら予約便を待つ羽目になりました。この間、空港はまるで無人になり。私は一人わびしく時間を過ごすことになった。こんなことならホテルでもう少しギャンブルを楽しめば、よかった。

いやいやそれでは本当に帰国できないことになったかも。神様がこれ以上の散財を止めるために空港に早く行かせたのかも。神は決して見捨てない。かも。

 

3)柳生流免許皆伝

Sさんは柳生流4段で免許皆伝者だ。アメリカに出張した時のこと。我々の現地本社はニュージャージ州の鬱蒼とした木立の中にあった。

それ以前にはニューヨークのエイボンビルに有った。新宿の安田ビルはその形をまねたと言われるがなるほどそっくりだ。42階の事務所の眼下には広々としたセントラルパーク公園とNYがはるかまで望遠できる。その景色を見ると、まるでアメリカを征服したような気分になった。きっと創業者もそう思ったのではないか。しかし、多分経済的理由だと思うが、木立の中に引っ越してしまった。

空港からは車で40分ほどの距離なので、あらかじめハイヤーを予約しておいた。乗用車を2台つないだような胴体の長いストレッチ車も可能だ。空港ではドライバーが「Mr. XXX」表示板を持って出口で待っていてくれたので、社までは安心してNJの田舎の風景がが楽しめる。それがストレッチならなおさら気分が良い。最後部にはバーもあり、一人ゆったりとくつろげる。ドライバーは、はるか前の方で運転している。値段も普通のハイヤーと大差ない。

さて、S さん、ゆったりとした気分で社の隣に立つマリオットホテルに送られて来た。広い駐車場の一番遠いところに停まった、他に車は1台もない。ちょっといぶかしく思ったが、「いくらだ。」聞いたら「ツーフィフティ」「冗談だろう2ドル50セントなんて」。一瞬そんなに安くとよろこんだ。が。実は250をツーフィフティーというのだ。普通高くても70ドルですむところを3倍要求された。

後でその話を聞いて「もちろん、免許皆伝の腕前を披露したんだよね。」「いやいや、武道はそんなところに使う物ではない。おとなしく払ったよ。」

なるほど、生兵法は大怪我の元とも言うしな。

他にも被害者は結構あった。空港で「Mr. YYY」と声をかけらると、迎えだと思って安心する。ところがこれは本物のドライバーが持っている表示板の名前を偽のドライバーが読み、出てきた日本人に先に声をかけてつれて行ってしまう手口だ。

もっと酷いのはOさん、空港の中をぐるぐる回っただけで250ドル取られた。こう言うのは会社が経費として認めないので泣く泣く自払いとなる。

 4)花の都パリで

先輩のK さん。奥さんとヨーロッパ旅行を楽しみ、イタリアからパリヘ来た。市内観光のため地下鉄に乗った。モンパルナスタワーといえばパリの繁華街その駅だから地下鉄もちょっと混んでいた。

ふと異様な雰囲気を感じた。周りを男に取り囲まれている気配。一瞬ヤバイと思い、奥さんを突き飛ばすように離れさせた。その直後10人ほどの中近東系の男どもにガチッリと両手両足肩をおさえられた。身動きはできない、そしてポシェットから抜き取られた。

イタリアから来たのでイタリア紙幣だけだったがある程度の金額があった。駅に着くとすぐ全員が降りていった。その間はわずか10秒ほどの早業。連中は硬貨の小銭は不要と床にばら撒いていった。

他の乗客は、こんなこと日常的と知らん顔。奥さんには被害無し。抵抗しなかったのが良かった。

ガンジーの無抵抗主義とは関係ない。

 5)花の都パリでは 若い娘も

 外国で襲われるのは、中高年が多いと言う。若い連中は金が無いし、体力もあるので襲いにくいのだ。住人か、観光客かも見分けられてしまう。観光客は、きょろきょろしたり、上下を見ているからだ。それに服装。いかにもそこに住んでいるような現地カジュアル着が良い。ネックレスや指輪などもいけない。パリジャンは、人通りのあるところでは高い宝飾品はつけない。パーティや集会など安全なところではじめて着用する。郷に入っては郷に従えだ。

 

ところがパリでは観光客でない若い者も襲われる。ほとんどスリか、引ったくりで、ハンドバッグ、カメラ、それに携帯電話がやられる。日本語の携帯電話など盗っても何にもならないだろうに。暴力的犯罪は少ない。

 

パリに4年目のベテラン女子留学生 Nさんが、いきなり後ろから来た若い男に、バッグをひったくられた。呆然としているうちに、バイクに乗ってさっと消えてしまった。これはオペラ座近くでの話。オペラ座周辺には日本レストランも多く、もっとも賑やかなところ。こんなところでまさかと思うが、既にまわりで何人もやられている。日本人だけでない、友達のヨーロッパ人女性も荷物をバッグを置いたとたん手が伸びてきたという。Nさんは空手有段者だったので、引ったくり犯はすばやく消えてよかった。

 

パリではハンドバッグは、しっかりと脇の下に抱えなければいけない。

 

ところが、だ。またもやこのNさん。留学2年目、やはりオペラ座近くの地下鉄。券を入れて改札を通ろうとしたところ、後ろの人から何か文句を言われ、振り向いた。話したのは、10秒ほど。

が、帰宅して驚いた。しっかり脇の下に抱えていたハンドバッグから、ポシェットなど袋物だけがなくなっていたのだ。

 

いったい、いつ取られたのか全く分からない。

思い当たるとすれば、あの話しかけられた10秒間・・・。しかし、相手をしっかり見ていたのに・・・。

おそらく、話しかけた人間の他にもう一人相棒がいたらしい。

 

それにしても、瞬時に袋物だけ抜き取るその選択眼の良さ、全く気づかなかった手口にひたすら感心した。

 

パリでは、長く住んでいる人でも、気を抜くとすぐ被害にあう。このNさん、相当用心深いのに、この通りだ。

 

日本には昔、仕立て屋銀次と言う有名なスリがいた。東大の赤門(旧前田藩 藩邸)あたりに住んでいたらしい。非常に手口の鮮やかな職人技の掏りだったらしい。パリにもその昔、スリ養成学校があり、子供の時から立派なスリになるように訓練したそうだ。だれでもなれるわけではない、やはり天性が重要で、人差し指と中指が同じ長さであることが条件だった。天井から糸で吊るしたものをわずかも動かさずに取る訓練をし、指の特徴を生かして、気配の無い抜き取りをする。非常に高度な技を持っていたという。

 

現代のパリのスリはその伝統を受け継いでいるのかもしれない。あなたも自分の指をじっくり観察して天性を見極めるのも良い、私は1cmも違うから入学できそうもない。

6)アタッシュケース2

「ああ、ツネさん、今日帰りだよね。何時、随分早いね。」「朝の6時で、飛行場にいるのですけれど、帰れなくなりました。」とオランダのスキポール空港からのうわずった声の電話。「えっ、どうして。」

「今ここでアタッシュケース盗まれました。」

朝早く帰国のため、搭乗手続きをしている最中だったと言う。係員に、パスポートを渡そうと、下においたアタッシュケースを見たら、跡形も無く消えていた。一瞬に頭の中が真っ白になり、頭の先から足先まで冷や汗が拭き出した。あわてて周りを見渡したが形跡も無い。

すぐ後ろに並んでいた男に聞いたところ、「男が持って行ったよ。」と平然としている。

わかっているのに知らん顔かよ。触らぬ神にたたり無しか。

残されているのは、係員に渡したチケットだけで、持ち金もなくなってしまった。

結局、またタクシーに乗り、同じホテルに戻り、事情を話して、タクシー代を借りた。その後大使館に行き、パスポートを取るなどの為にさらに3日ほど滞在することになった。盗まれたものは戻ってこなかった。

日本人はアタッシュケースに何でも入れている。持ち運びの金庫のようなもの。ハンドバッグや財布のように身につけてはいない。手から離すことがたびたびある。

レストランで食事中だったり、会話をしている時、空港や、レストランで支払いや手続きをしている時、今まで最大に注意していたのに、一瞬気がそれる。そんなときに持っていかれる。気がついて「何するんだ。」と言えば、平然と何事も無かったかのように立ち去る。

防止策は、両足の間に挟むか、鎖で身につけること。

7) やられるばかりじゃない。

2年前私たち6(全員60歳代後半、無信仰)はスペインの巡礼の旅、コンポステラサンチャゴ、3週間、300km歩き、帰国のためパリに1泊した。

そのホテルで若い日本人と会った。彼は筑波大学の博士課程で半導体の研究をしていると言う。課題は半導体の中の欠陥、まさにそれは同行のFさんが博士号を取ったテーマであり、私がCCDを研究していた時のメインテーマの一つであったので大いに盛り上がった。彼はその研究発表の為にフランスへ来た、初めての海外旅行である。

一応先輩づらをして海外事件の対処方法を話したら、彼は嬉しそうに既に被害を受けたと言う。腰ポシェットに入れておいた財布を丸ごと掏られたと、それにしては嬉しそうだ。

「被害はどれくらいですか」「いや、被害無しです。そんなことも有ろうかと、財布の中は札束に切った新聞紙が入れてあったんです。」さすが研究者。

被害者を代表して一矢を報いたか。でも余りまねはしない方が良いような気もする。

8)マドリッド王宮前

午後3時頃、太陽が頭の上から照りつける。スペインマドリッドの王宮前にはたくさんの観光客がいた。いきなり10人ほどの男に囲まれ、一瞬のうちに頸をしめられ、夫婦二人は気絶してしまった。犯人達は風のように消えていった。

その短い間にパスポートも財布も全て持ち物は持っていかれた。被害を受けたのは極近い私の身内。夫は酷い力で絞められたので喉がつぶれて、3ヶ月ほど声がでなかった。そして事件前には美声でカラオケを歌っていたが、今ではもう声がでない。

こんな暴力事件は後にも先にも聞いたことがない。抵抗でもしたのだろうか。その3ヶ月ほど前には、同じ王宮前をその実の姉家族が遊んでいる。とてもそんなことが起こるような感じは無かったと言う。

9)ボトルマン

ピエールカルダンのコートに身を包み、颯爽とNew York 42stを西に歩いていた。グイッと腰が締まり、スマートな姿はちょっとしたニューヨック子。もっとも、コートは高速道路脇ののアウトレットで、前日にたったの175ドルで手に入れたもの。でもカルダンは、カルダン、日本では得られないデザインカットだ。

久しぶりのアメリカ出張に、ちょっとハイな気分で歩いていると、向こうから190cm以上は有るかと思う黒人の若者が歩いてきて、ぶつかりそうになった。身をかわして、すれ違った数秒後にガチャンと音がして、その黒人が後ろから声をかけてきた。

「ミスター、あなたのカバンがぶつかったので、ワインを落としてしまった。50ドル弁償して欲しい。」言うのだ。「俺はカバンを左に持っていたのだ。ぶつかるはずがないだろう。」「いや、ぶつかった。」思わず頭に来て、「何を言うか、それならポリスの所へ行こう。」とその黒人の腕をつかんだ。

その男はぱっと手を振りほどいて、何も言わず、そのまま行ってしまった。

あくる日、ニュージャージーのオフィスに行き、「ふざけた奴がいる、このニューヨークで私に言いがかりをつける奴いる。」と言ったら、「三船さん、それ、やばいよ、ボトルマンと言って、壜を割って代金を請求するゆすりだよ、最近日本人がよくやられるんだ。」

これはほんとにヤバイことでした。たまたま相手が分別のある奴だったから何事も無かった。奴もまさか日本人から反撃を受けるとも思わなかったのかも知れない。

私は深く反省した。金で解決するならそうすべきだった。相手がその気ならとても日本人の体力では、彼らに対抗できない。

10)メリディアン in NY

NYはいつも、一晩中パトカーと消防車がサイレンを鳴らして走り回っていてうるさい。

それにしてもその晩の消防はうるさかった。時差で睡眠不調なんだから静かにして欲しい。夜中の3時ころ 焦げ臭さが異様につよい。ドアを開けたら、ボーイが一人消化器を持っていた。大丈夫だから部屋に入って居ろと言う。

ここはホテル メリディアン。メリディアンと言えば最高級ホテルだ。当時ソニーの海外出張ではホテルは最もよいところに泊まるように言われていた。理由は安全上の問題からだ。飛行機もビジネスクラスだ。海外に出る社員も少なかったので、そう言う待遇がとられた。いい時代だった。現在はものすごくたくさんの社員が海外にでるので、格安航空、格安宿泊を気分で探さねばならないとも聞いている。

そのメリディアンの42階で異常事態に遭遇した。大丈夫だと言われてベッドに戻ったが、だんだん煙の臭いが強くなる。窓を開けて下を見た。地上ははるか下だ。そこには既に消防車が来てはしごをのばしていた。まるでおもちゃほどの大きさにしか見えない。とても、42階までは届かない。部屋にあるスーツ数枚では救いの綱にはならない。

逃げ道は無い、こりゃ絶望だ。さすがに最悪の事態を覚悟した。

部屋でじりじり焼け死ぬのを待つのはごめんだ、それよりは一思いに空に飛び出そう、大鷲になって終わりだ。

それでももう一度ドアを開けてみた。まだそのボーイがいて、これから退避するから、一緒に来いと言う。決意を放り出して、あわてて彼の後を追った、エレベーターはもちろん動かない、歩いて一階まで降りた、42階からは随分時間がかかる。

ロビーでは既に大勢の人たちが避難していた。夜中だというのに皆キチンを衣服を着ている。こっちははステテコで半袖アンダーシャツとスリッパ。緊急事態とは言え随分恥ずかしかった。

火事はボヤ程度ですぐ鎮火した。今度はエレベーターで戻って、部屋の前で気がついた。鍵を室内に置いてしまったのだ。またロビーへ同じ格好で行かなければならなかった。

それから3日間その部屋に泊まっていたが、火元が隣の部屋だったので、ずっと煙臭かった。

あの時、空を飛ぶの最善の方法だと思った、ちょっと格好もよいし。しかし数ヵ月後、日本であのジャパンホテルの大惨事が起こった。窓枠につかまり必死に外に身を乗り出している人たちの姿は、まさに私の起ころうとした状況だ。そのときに初めて空を舞う大鷲で無く、やはり丸焼けのブロイラーだとの恐怖に襲われた。

ボストンで

その後ボストンでまたまた火事に遭遇した。

外国ではホテルに男同士二人で同室するのは、異様なことらしい。

たまたま、そのときは同室を取った。部屋に入ったら、なんとベッドがダブルベッド一つだけしかない。これは困る。

カウンターに掛け合った。”Why?” と言うので、”He is not my type.” 彼はニヤッと笑って、two beds の部屋の鍵をよこした。

そのホテルの5階で、夜中に騒がしくなってきた。前の経験もあるので今回はスムースに避難した。コンピュータ室がボヤで、たいした騒ぎにはならなかった。以来できるだけ下の方の階に泊まることにしている。

 11) スーツケースは開けておく

モーテルの部屋においておいたスーツケースを持っていかれた仲間がいた。鍵を開けて物色するのが面倒だったのか、背広も下着も全部盗まれてしまったのだ。

部屋には鍵がかかるので安心していたが、鍵などは形式みたいな物、外出した時は全く無防備状態と思ったほうがよい。

モーテルではガードマンも居らず、出入りも受付ロビーだけでなくあちこちにある。だからスーツケースのような大きな物でも簡単にもちだされてしまう。

大きなホテルは警備体制がしっかりしており、出入りは監視されている。しかし、ホテルだって従業員は合鍵をもち、ルームメイクのために自由に出入りできるので、安心しているわけには行かない。

ホテルの部屋と言えど公道と同じだと考えている。置いておけば無くなる覚悟はしておいた方がよい。貴重品や値の張る物はは絶対置かないことだ。

私は、彼らが金目と感じる物は置いておかない、どうしても置いておかなければならない時は盗られるのを覚悟している。コンピュータにはFor Japanese onlyと書いておく。

持ち歩いている物で一番高価なのはスーツケース。他の物は何でも持って行って良いけれど、それだけは残してくれということだ。だからスーツケースは開けておく、スーツケースを盗られると残させれたものの始末ができない。

12)キャタピラー

海外へ出張すると、必ず各国の食べ物を食べる、平均一回のあたり、7,8カ国のアジア、中東アフリカ、欧州などだ。人が食べているのなら、何でも大丈夫と試してみた。中国では東北地方(旧満州)で、熊の手もご馳走なった。絶品の食材というのでそのゼリー状の味を堪能した。まだ、人民服と、自転車しかない頃の話で、今はそんなものを食べられるかどうか分からない。

その頃、広東州にも出かけた、商談が終わり、宴会の席、メニューを見ると、キャタピラーとある。キャタピラーといえば三菱キャタピラーしか知らない。皿の上に戦車かトラクターが乗ってくるのかと想像、試さない手はない。

運ばれてきた皿には、鳥が1羽丸焼きでのっていた。そして全体に5cmくらいの黒い細い棒が突き刺さっていた。聞いてみたらなんとこれらは毛虫の丸焼きだという。その時はじめて、キャタピラーというのは毛虫で、無限軌道はその派生語だと知った。以来絶対にこの単語は忘れない。

ちょっと逡巡したが、仲間の手前カラ元気で口に入れた。とてもこりこりしてなかなか美味しかった。機会があったら皆さんも試してみてください。

ついでに日本で。品川駅のラーメン屋で、運ばれてきたラーメンの中にゴキブリが入っていた。店員に指摘すると驚いて取り替えると言う。「良いよ、たべるよ。」と言って完食した。もちろん“落とし前”はとらなかったが、料金は只になった。

あの精神状態は今でも不可解。格好はつけたが、とても「油が乗って美味しかった。」なんて冗談は言えなかった。もっとも「食は広州にあり。」と言う本の中に、広州ではおやつにゴキブリを食うとあるし、タイでも食べられていると言うから案外いけるかも知れない。

(つづく)