こんにちは!

私が三葉虫クラブのおじさんです。

(モロッコにて。右側)

  

 

 

 

 

 

 

    

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  CH-15. おじさんと剣岳

 
 
剣岳 学生最後に登りました。これが登山の最後でした。

室堂までバスで行くと、立山を前に、剣の登山口になる。
着くと同時にテントを張る。仲間は同級生と後輩二人の4人。
テントは当時手に入った米軍野戦用の重たい一人用、これに4人が泊まる。
 
設営と同時に雨が降り出す。
雨にぬれないのはなんと運のいい事と、明日の山行を楽しく語らう。

ところが次第に雨が激しくなり、テントの中にも水が浸入。
そしてあくる日も雨。次の日も雨。
今のように天気予報が完全でない時で一週間も長期豪雨に見舞われたのだ。
 
予定の日程は既に過ぎているが、動くことができないほどの雨続きで、ついに食
料も尽きてしまった。
有り金も使い果たして、止むおえず、近くの山小屋から私の家に、金を送るよう
に電話をした。
『馬鹿野郎!いま家は洪水だ。』なんと豪雨で我が家は胸の高さまで浸水してい
た。送金なし。
 
それで同級生をそそのかして、その山小屋の若い女の子をたぶらかさせて、
食料を恵んでもらった。
 
二日後にやっと晴れ間が来た。帰るのも残念と、一日で剣登頂をしてくることに
決めた。食料無し、手ぶらで水筒だけを持って行く。あまり水を飲まないように
と、思いっきり当時流行していた粉末ジュースを入れた。
これには参った、あまりに甘すぎて,渇いた喉でもとても通らない物だった。
 
剣頂上の前に同じような険しい峰がある。両方とも鎖にしがみついて登るほどの
険しさ。

やっと登った頂上、さすがに爽快、苦労した甲斐があった、とは云えなかった。
腹が空いて、喉が渇いて、目が回って、頂上制覇の感激なんて何も無かった。

我々がやっと登った頂上でなんと自転車を持っている奴がいた。
どうしてあの鎖場を自転車で来たのだろう。聞けば担ぎ上げたとのこと、日本名
山の頂上を自転車で回っている。もちろん走るなんて事はできない。この後富士
山にも担ぎ上げると言っていた。変なやつがいるものだ。それも二人で。

で、我々は飲まず食わずで8時間、へとへとでテント近くの万年氷にたどり着い
て飲んだ水、これが最大の感動だった。

剣岳が大変なのは身に染みている。
同級生はその女性と1,2度デイトして義理を果たした。

因みにその頃まで我が家は良く雨が降ると洪水に会った。後楽園の近くの道筋
で、谷間になり、坂の上にはあの教授殺人事件の中央大学がある。雨が降ると周
りの高台から一挙に水が押し寄せてたちまち胸の高さまで水かさが上がる。いま
は下水が完備してそんなことはない。